ピンクパンサーの記事も4つ目になりました。
私自身の理解度も少しは深まったような気がします。
今回は日本での事件について触れたいと思います。
理解が進んだことで、新たな視点で事件を振り返ることができるかもしれません。
ピンクパンサーの仕業と断定されている事件は2つあります。
2004年 銀座「ジュエリーマキ」襲撃
2004年3月5日のこと。
カツラで変装した2人組が入店し、うち1人が店員と接触。
男は何か紙のようなものを取り出し、店員はそれを見ようと覗く──
間髪入れず、男の拳と催涙スプレーが店員を襲い、一瞬で店内は窃盗団の支配下に置かれました。
警察が駆けつけた時には、犯人たちと宝石類は姿を消していました。被害額は約35億円だそうです。とんでもないですね。
店員を殴った男の名前はラドゥロビッチ。90年代にセルビアからドイツに渡り、犯罪生活を始めた人物です。ドイツにもピンクパンサーの拠点があったのかもしれません。
ラドゥロビッチと共に入店した男の名前はラソビッチ。この2人は、日本に来る前に共通の知人を通じて知り合いました。
2人は特に親しくはなかったといいます。
どのくらい「親しくない」のかわかりませんが、ピンクパンサーの組織構造を踏まえると互いに素性を知らなくてもおかしくはないでしょう。
ちなみにラソビッチはラズベリー農家でした。農村のラズベリー・ガイが銀座で億単位の仕事を完遂したことになります。地元セルビアで彼はどう評価されたのでしょうか。
この事件で興味深いのは、犯行グループ内のドロシーという女性の行動です。
ドロシーは一番最初に来日し、ホテルの予約とメンバーのための携帯電話を購入しています。
彼女は準備担当だったようです。
東京にいる間、ドロシーはイタリアに何度も電話しています。おそらく指示役と連絡していたのでしょう。
さらにスリランカのコロンボにも電話していますが、当時コロンボには日本で強盗の経験がある人物がいました。
犯行グループの行動を整理しましょう。いくらかの推測を含んではいますが…
面識があまりないメンバーが日本に集合
↓
準備担当ドロシーや他メンバーが、強盗計画について他国にいる指示役に尋ねる
↓
強盗実行。盗品の管理や逃走方法も指示役からのアドバイスを受けていた
こんな流れになるでしょうか。
なお盗まれたうちの1つ、「ヴァンドーム伯爵夫人」というネックレスは特に価値の高いものでした。
伯爵夫人は行方不明です。実行犯の弁護士は次のように述べました。
「宝石は再カットされ、ヨーロッパとイスラエルのディーラーを通じて売られたのだろう。」
…またイスラエル。有能な盗品売買マスターがいるのかもしれませんね。
2007年 銀座「エクセルコ」襲撃
パンサーは味をしめたのか、3年後の6月14日に再び銀座を訪れました。
2人の男、そして変装。同じ手口です。
1人が催涙スプレーで店員の自由を封じ、もう1人がショーケースをこじ開ける。
その手際は凄まじいものがあり、ドライバー1つで巧みにケースを開けていったといいます。
手袋をしていないにも関わらず、指紋は残されていませんでした。ショーケースに触らずにやり遂げてしまったんでしょうか?
その間、僅か32秒。明らかにプロです。
今回はティアラとネックレスが盗まれ、その合計額は2億8400万円とされています。
ただし、見事な犯行も監視カメラと国際的な包囲網には敵いませんでした。
犯人の1人、リファト・ハジアフメトビッチ。彼は海外で逮捕され、2010年には日本へ引き渡されました。
もう1人の実行犯、イェルシッチもモンテネグロで逮捕されています。
本事件には3人目の関与も疑われています。
「マリア」という名義で入国したイタリア人宝石商の女です。
彼女は奪ったティアラの売りさばき役と考えられています。
マリアとハジアフメトビッチは、日本で何度か接触しています。その場に居合わせた在日外国人の証言によると、ティアラだったダイヤの一部がマリアに渡されていたそうです。
そしてマリアは、ハジアフメトビッチと一緒の便でフランスへ向かったといいます。
なお、事件で使われた催涙スプレーはフランス産の禁輸品だったようです。
フランスを拠点とするパンサーグループだったのでしょうか?
「マリア」については謎が多く、罪に問われているのかもわかりません。イタリアのマフィアと関わりがあると言われていますが、裏付けの有無は不明です。
セルビア・モンテネグロ、フランス、イタリア、そしてマフィアとピンクパンサー。
億の価値を持つ宝石はどれほどの欲望を受け止められるんでしょうか。
ピンクパンサー窃盗団 記事リスト
主要参考文献
読売新聞.2007-8-17
読売新聞.2010-9-3
「ピンクパンサー「映画さながらの強盗」全手口」.FRIDAY. 2010-9-3