盗難に遭ったポートランド・ティアラ 引用:Notts Police(twitter)
本事件は美術犯罪の中でもごく最近のもので、ギャングのメンバーに対する判決は今年の夏に決定しています。
これほど歴史上重要な美術品を盗むならば、創作上の大怪盗くらいの格じゃないと釣り合わないと思いたいところではありますが、現実にはしがないギャングによって奪われました。
残念ながら現在もティアラの行方はわかりません。
観たいものは観れる時に観ておこう。私はこの事件を知ってそう思いました。
ポートランド・ティアラの概要
イングランドのノッティンガムシャー州、ハーレイ・ギャラリーには特別なティアラが展示されていた。
ポートランド・ティアラと呼ばれる冠は、1902年、エドワード7世の戴冠式でポートランド公爵夫人ウィニフレッドが身につけるために作られたもの。
1901年に死去したヴィクトリア女王の後を継いでイギリス国王になったエドワード7世。彼の就任を公的に認める、神聖な儀式で使われた国宝級のティアラだ。
ポートランド・ティアラはカルティエに依頼して作られた。1800年代に採掘された希少なポートランド・ダイヤモンドが使用され、他のパーツは全て金と銀で作られているという。
展示にあたっては、ティアラの一部だったダイヤモンドで作られたブローチと同じケースに入れられていた。推定価格は2つ合わせて375万ポンドと言われている。
ある刑事は、事件後にギャラリーの警備体制について次のように述べた。
「ウェルベックのセキュリティは、私が見てきた中で最高のものです」
ギャングによる犯行
ポートランド・ティアラが奪われたのは2018年11月20日の夜間。
3人の人物が裏窓を割り、さらに金属製のセキュリティドアを破り、展示ケースのある部屋に侵入した。
ケースは強化ガラスでできていたが、電動工具の前には無力だった。3人は素早くかつ慎重に、展示品にキズが付かないよう計器を利用しつつチェーンソー様の工具を使用したとみられている。
犯行は最初の警報が鳴ってから8分で完遂した。駆けつけた警備員はぎりぎり間に合わなかったらしい。
ハーレイ・ギャラリー襲撃の様子。工具による火花が散っている。 引用:Nottinghamshire Police(youtube)
犯人たちの遺留品は、シルバーのアウディRS5だけだった。しかもそれは焼かれてしまい、有力な情報はナンバープレート「KY61 USJ」のみ。
そしておそらく盗難車であることは、誰の目から見ても明白だったことだろう。
最高のセキュリティも、入念な計画に対しては力及ばずいうことだろうか。
この事件は、あるギャングによって1年以上前から計画されていたことが判明する。
指示役とみられる男、アシュリー・カンバーパッチ(Ashley Cumberpatch)はティアラ盗難事件の1年以上前に、ショットガン所持の罪で逮捕されていた。
彼から押収されたカメラには、ハーレイ・ギャラリーの周辺および内部の映像が収めてあった。裏窓、メインギャラリー、そしてポートランド・ティアラのケース。まるで下見のように、念入りな撮影だった。
この映像を「犯行計画の一環」として捜査を進めた警察は、電話の通話記録などから3人の実行犯にたどり着く。
アシュリー・カンバーパッチ、カーティス・ディルクス(Kurtis Dilks)、アンドリュー・マクドナルド(Andrew MacDonald)。彼らがティアラとブローチを盗んだ実行犯だった。
さらに盗品は、表向きにはまっとうな宝石店、「Paris Jewells」を営むTevfik GuccukとSercan Evsinの手に渡ったことも明らかとなった。
これは盗難が起きた当初から、専門家が危惧していた事態でもある。
宝飾品は盗まれた後で分解され、表のルートで売ることができる。他の美術品よりも処分が容易なのだ。
ティアラは宝石商Guccukの母国であるトルコに運ばれたところまでは追跡できたらしいが、その後の足取りは不明だ。もはや奪還は絶望的と思われる。
ギャング達のその後
前述のギャングメンバーは、同じくノッティンガムシャー州で起きた一連の強盗事件にも関与していることがわかった。
現場は全て個人の住宅だが、奪われたのは主に貴金属だった。
実行犯が強盗をはたらき、共犯関係にある宝石商が売りさばく。この手法が繰り返されたとみられている。
被害者の中には有名なサッカー選手も含まれる。
元イングランド代表アシュリー・コールは妻と共に拘束され、指を切り落とすと脅された。「自分も妻も、殺されると思った」と、コールは後に語っている。(この事件のみサリー州での出来事)
元イングランド代表、現マンチェスター・ユナイテッド在籍のトム・ハドルストーンも、自身が試合の最中、妻子が強盗被害に遭った。ハドルストーン宅からは、貴金属の他にサッカーリーグ準優勝のメダルまでもが奪われた。
同じギャングによる犯行と確認できている強盗事件は、5件にのぼる。いずれも2019~2020年の間に行われ、2018年のティアラ強盗を機に活動が盛んになったようだ。
ただし犯行にはずさんな点もみられる。
強盗事件の大部分は、はしごを使って窓から侵入し、被害者を脅すという完全にパターン化された手順を踏んでいた。そんな事件をノッティンガムシャー州内で短期間に繰り返したのである。
これでは同一犯であることを知らせて回るようなものだ。はしごからは同一人物のDNAも検出された。
理由はわからないが、ギャング達の行動にティアラ強盗事件にみられるような慎重さは感じられなくなっている。
ここまでくると案の定と言うべきかもしれない。
警察の捜査は進み、総勢8人のギャングが逮捕されることになった。
2022年7月15日、ギャングのメンバーに判決が下された。
犯罪の指示役、強盗実行犯 アシュリー・カンバーパッチ:懲役29年
強盗実行犯 カーティス・ディルクス:懲役35年
宝石商との仲介、強盗実行犯 アンドリュー・マクドナルド:懲役32年
宝石商 Sercan Evsin:懲役5年(初犯)
宝石商 Tevfik Guccuk:懲役7年(初犯)
宝石商との仲介役その2 Christopher Yorke:懲役12カ月、21カ月の執行猶予
ティアラ強盗のための車を盗んだとされるShazad KhanとAbiazh Rajaは、2021年8月に有罪判決を受けていた。
Shazad Khan:15ヶ月の執行猶予付き判決
Abiazh Raja:18カ月の禁固刑
あとがき
国宝級美術品を盗んだこのギャングは、それまで有名ではなかったようです。個々のメンバーの前歴をたどれないくらいの活動量で、地域の名前を冠するほどのギャングではない印象を受けます。
ティアラはトルコへ送られました。宝石類として分解できるとはいえ、やはりイギリス国内での売買は危険と踏んだのでしょうか。
今はどこかの誰かが、「元国宝」であることを知らず、単に美しいダイヤモンドとして所持しているのかもしれません。
参考文献
ポートランド・ティアラに詳しいもの
https://en.wikipedia.org/wiki/Portland_Tiara
https://www.bbc.com/news/uk-england-nottinghamshire-61312991
ティアラ盗難、一連の強盗に詳しいもの
https://www.bbc.com/news/uk-england-nottinghamshire-46472701
https://www.bbc.com/news/uk-england-nottinghamshire-61312991
https://www.standard.co.uk/news/uk/portland-tiara-worksop-welbeck-estate-nottingham-crown-court-police-b1011141.html
ギャングの判決に詳しいもの
https://www.worksopguardian.co.uk/news/crime/vicious-gang-behind-the-theft-of-worksops-portland-tiara-jailed-for-more-than-100-years-3770411
https://www.nottinghampost.com/news/local-news/kurtis-dilks-jailed-over-terrifying-7339387
https://www.cps.gov.uk/cps/news/organised-crime-gang-jailed-over-100-years-total