イモビカッターとは、自動車の盗難に使われる道具です。
車を守る装置であるイモビライザーを破ることができるため、犯罪グループに好まれて使用されています。
自動車盗というと、どこか他人事のように感じるかもしれません。
「うちの車は狙われないだろう」
「セキュリティー装置が防いでくれるはず」
しかし自動車盗を得意とする犯罪グループは、その隙を突いてきます。
ここではイモビカッターが使われ始めた経緯と最近の動向、そして対策をご紹介します。
イモビカッターの仕組みと本来の使用方法
イモビカッターについて知る前に、まずはイモビライザーについて知っておく必要があります。
イモビライザーとはエンジン始動のためのセキュリティシステムのこと。キー側のIDと車両本体にある制御装置のIDが一致しないとエンジンが動かないという仕組みです。
自動車盗に対する強力な対抗策として、1990年代に高級車を中心に採用され始めました。今では多くの大衆車に搭載されている、一般的なシステムです。
このイモビライザーを無効化してしまうのが、イモビカッターです。
画像引用:朝日新聞デジタル
たばこの箱程度の大きさで、簡単に携帯できる
イモビカッターは制御装置のIDを任意のものへ書き換え、犯人が用意したキーと一致させてしまう機能を持っています。
よく使われた手口としては、自動車のガラスを割って車内へ侵入し、運転席の端末にイモビカッターを接続して用意したキーのIDを登録する方法。30秒程度でイモビライザーを無効化し、そのまま乗り逃げることが可能です。
なぜこのような道具が存在しているのでしょうか。
もともとIDの書き換えは、キーを紛失したユーザーに対する救済策の1つでした。
依頼を受けたメーカーが車両の制御装置にアクセスし、IDを新たなキーのものに書き換える。これにより、ユーザーは再びイモビライザーを活用できるようになります。
イモビカッターはこの仕組みを悪用したものです。
もちろん通常のルートでは流通していません。しかしダイレクトメールで購入を勧める業者の存在や、ネット上で販売するケースが明らかとなっています。
2016年にはイモビカッターを使ったとみられる自動車盗が全国で1800件以上確認されました。所持を禁止する条例などで対策が進んではいますが、2018~2019年にかけてイモビカッターを使って68件の自動車盗を繰り返した男性が逮捕されるなど、未だ脅威であり続けています。
イモビカッターへの対策
隠しスイッチでダブルロック
エンジンキーに加えてもう1つのスイッチを追加する方法。隠したスイッチを押しながらでないとエンジンが始動しない仕組みです。
たとえイモビカッターによってエンジンキーが操作可能になっても、隠しスイッチが見つからなければ動かせません。
有名なのはビートソニック社の「パトロック」。後付け可能で比較的安価とされていますが、対応車種は一部の小型トラックやハイエースのみとなります。
画像引用:BeatSonic商品紹介ページ
他の車種の場合、信頼できるカスタムショップに依頼して、同様のシステムを構築してもらうのも1つの手です。
ステアリングロックで固定
ハンドルを物理的に固定するアイテムです。エンジン含め電気系統を操られたとしても運転のしようがないという強みがあります。
画像引用:セキュリティラウンジ商品紹介ページ
外見からも対策していることがわかるため抑止効果も期待できるでしょう。
ショックセンサーで検知、威嚇
ガラス破壊、ドアのこじ開け、車両への衝撃を感知する装置。強烈な光や大音量のブザーによって威嚇することが可能です。
ただし豪雨や強風による誤作動の可能性や、ブザー音量が十分かどうか検討しておく必要があります。
追跡可能なGPS
GPSが付属している車種では、盗難後の居場所を把握できる可能性があります。後付けでGPSを設置することも可能なため、対策の1つとして取り入れても良いでしょう。
比較的簡単に行える対策をご紹介しました。
ただ残念ながら、いずれも確実に盗難を防ぐには至りません。自動車盗は犯罪グループによって行われることが多いため、次々に最新の手口が編み出されていきます。
常にセキュリティは破られる可能性があることを念頭に置き、いくつかの対策を組み合わてリスクを軽減するのが目標となるでしょう。
リスクの高い地域や車種
自動車が盗まれやすい地域
まずは近年における自動車盗の認知件数が多い県を見てみましょう。
参考:警察庁犯罪統計
ここ3年間、ワースト5は茨城、大阪、千葉、愛知、埼玉が独占している状態です。
自動車盗が多い地域には、共通点があります。
・貿易拠点となる港がある
・面積が広く、ヤードが多い
・交通網が整っていて乗り逃げしやすい
・個人の自動車保有数が多い
ヤードとは、周囲を塀で囲んだ自動車を解体する施設のこと。盗難車両が運ばれてしまうと、警察でも立ち入って捜査するのに手間がかかります。
ワースト5の県の防犯能力が低いとは一概に言えません。しかし犯罪グループに狙われやすい県であることは確かです。
狙われやすい車種
犯罪グループに特に狙われやすい車種があります。近年の傾向として、以下の車種が高リスク車となります(※)。
※ 参考:「自動車盗難等の防止に関する官民合同プロジェクトチーム」
トヨタ車が狙われやすい理由は、単純に海外人気が高いからです。特に大容量タイプや走破性能の高いタイプが好まれており、高値で売られると言われています。
エンジン音の静かなプリウスは他の犯罪の逃走車として利用されてしまう可能性もあるため、一層の注意が必要です。
イモビカッターとの闘いの歴史
イモビカッターの台頭
2008年、損保会社の事案で自動車盗にイモビカッターが使われたことが判明しました。この事案をきっかけに、損保会社やメーカー、警察を巻き込んでイモビカッターとの闘いが始まります。
2010年北海道にて、イモビカッターを販売目的で所持していた会社員が逮捕されました。しかし、これはトヨタのマークをカッターに無断で使用したことによる商標法違反によるもの。まだ単純所持に違法性を問うことはできませんでした。
この頃から、犯罪グループの暗躍や、水面下でのイモビカッター流通の実態が明るみに出始めます。
翌年の2011年には愛知県警が、窃盗に使われると知りながらイモビカッターを販売していた京都市在住の男性を窃盗ほう助罪の疑いで逮捕しました。男性はネットオークションを通じて犯罪グループに1個2万6千円で販売したとされています。
さらにこの男性は、中国から1個数千円でイモビカッターを入手していたと供述。逮捕された時点ですでに約300個販売していました。この時期には、全国にイモビカッターが出回っていたのかもしれません。
イモビカッター所持を禁ずる条例
2013年、愛知県にて「安全なまちづくり条例」に改正が加えられ、イモビカッターの所持が禁止されました。課せられる罰は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金。ただし業務など正当な理由での所持は許可しています。
愛知県は当時、数年連続で自動車盗ワースト1位でした。これが背景にあると考えられます。
さらに2014年、今度は茨城でも類似の条例改正が行われました。課せられる罰は、3か月以下の懲役又は30万円以下の罰金とされています。
このような努力によってか、両県とも自動車盗の件数は減少しています。
参考:警察庁犯罪統計 数値は認知件数
しかし全国比で見れば愛知、茨城はここ3年間でも認知件数ワースト5。地理的な影響は思いのほか大きいのかもしれません。
イモビカッターを防いでも襲い来る「リレーアタック」
メーカーによるセキュリティ能力向上によって、自動車盗は減少傾向にあります。
しかし今度は新たな手口が使われ始めました。リレーアタックと呼ばれる手口です。
リレーアタックとは、スマートキーによる自動開錠を悪用する手法。キーから発せられる微弱な電波を、特殊な装置で中継かつ増幅して車両へ到達させる手口です。
車はキーの持ち主がそばにいると判断し、ドアを自動開錠してしまいます。
被害を防ぐためには、キーの電波を拾われないようにすることが大切。
・キーの電波を切る「節電モード」にする
・アルミ缶などにキーをしまう
以上の対策が、リレーアタックに一定の効果があるとされています。
セキュリティと犯行手口はいたちごっこの関係にある、とよく言われます。
自動車のようにテクノロジーの発達が急速な分野では特に顕著です。愛車をしっかりと守るためには、次々に知識を更新していく必要があるでしょう。